社会学者の上野千鶴子さんは、日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニアであり第一人者。近年は、介護とケアの分野でも研究を進められている。医療、看護、介護の現場での取材をもとに、おひとりさまが住み慣れた自宅で最期を迎える「在宅ひとり死」をテーマに話された。講演の要旨を報告する。
最近、わたし自身も独居高齢者になった。ショックなのは、同世代の訃報を聞くようになったこと。『おひとりさまの老後』(‘07年)、『男おひとりさま道』(’09年)に続き、昨年『おひとりさまの最期』を出版し、おひとりさまシリーズ三部作が完結した。
新しい老後のシナリオを
今、高齢者世帯の4世帯に1世帯が独居世帯。おひとりさまの人口が増えている。昨年4月から、医療・介護一括法が施行され、政府の医療・福祉政策の内容は「ほぼ在宅、ときどき病院」。病床も増やさず介護施設の新設規制もある。このままでは受け皿がなく、「介護難民」「看取り難民」が予測される。これまで家族頼みの老後だけしかシナリオに持っておらず、家族が変貌した今、新しい老後のシナリオを考えなければならない。
在宅死の条件
「(自分の身体の延長としての)家にいたい」は年寄りの悲願。在宅死の条件は@本人の強い意思、A介護力のある同居家族の同意、B地域に利用可能な医療・介護資源がある、C経済力(あとちょっとのお金)の4つであることを専門家から得た。これまでの在宅介護はイコール家族介護。家族が支えているのは食事、入浴、排泄などの暮らしの部分。独居の場合はこのところを誰かに支えてもらえればよい。専門家の話を聞くと、月額50万×6カ月=300万円あれば、家で死ねるとのこと。あとちょっとのお金は本当にないのだろうか。年金も資産も家族が管理していて、家族が使わない、使わせない。
「トータルヘルスプランナー」
在宅ひとり死には、これまで家族がやってきた「司令塔」の役割を担う第三者が必要である。在宅看取りを実践している小笠(おがさ)原(わら)文(ぶん)雄(ゆう)医師の小笠原クリニックは、トータルヘルスプランナー(Total Health Planner)という、医療と介護をつなぎ、看取りまでも含めた司令塔となる訪問看護師の人材育成に乗り出している。4年前、わたしより年少の友人を見送った時、女性ばかり30人でチームをつくり、支えた。「司令塔」になったキーパーソンが重要な役割を果たした。老後の頼みは、家族持ちより「人持ち」、金持ちより「人持ち」と感じた。人持ちになれないならシステムをつくることが必要である。どのような生き方であっても、基本、年寄りがひとりで老いて、ひとりで死んでいけるようにつくってほしい。
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会場から多くの質問があった。上野さんはその一つひとつに丁寧に答えてくださった。その中から3つ紹介する。
シングルで育てた娘が、結婚しないでひとりで生きて母を支えると言うが、という質問に「母は娘の人生を決めることはできない、娘は母を背負う必要はない。娘もひとり、母もひとり、それぞれが安心して暮らしていけるようになればばよいのでは」と話した。
介護の担い手を外国人ヘルパーで増やそうとする動きに関する質問には「介護報酬の評価額が低すぎるため介護福祉士有資格者の休眠率は半分近い。看護職程度の社会的地位になれば、離職率は下がるだろう」と述べた。
日本における社会保障費の分配をめぐる「若者対高齢者」問題についての質問に「余裕がないというより原資がない。日本はヨーロッパ諸国に比べて国民負担率が低い。国民は今より多くの税負担をするべきだ」と述べた。
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