大阪YWCAは、昨年創立100周年を迎え、次なる100年に向けて歩み始めました。創立以来、人権や健康や環境がまもられる平和な世界の実現を目的に、さまざまなプログラムを実施してきました。ユース(若者)のリーダーシップ養成もYWCAの大事な取り組みの一つです。 今回は、作家・活動家として幅広く活動されている雨宮処凛さんから「若者へにメッセージ」を頂きました。将来に対する不安や、生きづらさを抱える若者たちが励まされ、一歩を踏み出す助けになるでしょう。
原稿依頼とともに、「若者へのメッセージ」というお題を頂いた。 例として挙げて頂いたのが、「若い人が社会を変革する力になるものとは」「若い人の声を選挙や現実の政策に生かすために大切なこと」「選挙に行くことの重要性」といったテーマだ。 どれも重要なことだ。が、若い人にメッセージを、と言われて、政治や社会の話をすることはあまりない。もっともっとそのずーっと手前で伝えるべきことがあるように思い、そしてそれこそが社会や政治の話でもある気がする。 ということで、自分より年若い人たちに伝えたいのは、まず「自分を大切にしてくれない場所にいてはいけない」ということだ。 私はよく「いじめられている子どもにメッセージを」という依頼を受ける。私自身がいじめに遭っていたことを公言しているからだろう。そんな時必ず書くのは「逃げた方がいい」ということ、それに加えて「あなたを大切にしてくれない場所にいてはいけない」ということだ。 これは非常に重要なことだと思う。私自身、「自分を大切にしてくれない場所」でひどい目に遭ってきた。
中学時代のいじめがまさにそうだ。所属するバレーボール部でいじめられていたのだが、私の中学には「部活を途中でやめると内申書に響く」「高校進学に影響する」という真偽のほどが不明な伝説があった。それにより、私は一刻も早く辞めたくて仕方ない部活をずるずると続けた。そのことによって人間不信はより深まり、自殺願望はどんどん高まり、気がつけば下校途中、毎日のように死に向かうような行動をとっていた。自転車通学をしていたのだが、帰りの下り坂でブレーキをかけずに車道に突っ込むのだ。もし車が通ればアウト。明確に「死のう」なんて思ってないけれど、とにかく楽になりたかった。部活をやめる前に人間をやめるところだったのだが、そこまで追い詰められてもやめなかったのは「途中で逃げてはいけない」「苦しいことこそ歯を食いしばって耐えなければならない」という昭和の精神論の呪いが骨の髄まで刷り込まれていたからである。 そんな、一円の得にもならないどころか有害きわまりない価値観は、私たちを随分と傷つけ、損じてきたと思う。 学生時代が終わって社会人になると、「昭和の精神論」はより一層必要とされるようになる。どれほど就活が厳しくても歯を食いしばって耐え、圧迫面接にも笑顔を作り、そして入った企業がブラックだとしても我慢することを望まれるからだ。いわば進んで長時間労働をし、進んで過労死するような人格こそが期待されてしまうのだ。その結果、心の病で休業中に傷病手当をもらった人の割合は、99年と17年で比較すると25〜34歳で約7倍、40代前半で約8倍に増えているという(協会けんぽ加入者のデータより)。
「逃げていい」と同時にもうひとつ伝えておきたいことは、「助けてと言っていい」ということだ。 しかし、これはなんと難しいことだろう。簡単なこと、深刻じゃないことだったらまだ言える。だけどそれが深刻なテーマになればなるほど言いづらい。特に生活のこと、お金のこととなるとハードルはさらに上がる。 私は06年からこの国の貧困問題をテーマとして取材、執筆、時々支援活動をしているのだが、現場でぶち当たるのはこの「助けてと言えない」問題だ。もう少し早い時点で言ってくれればこの人は住まいを失わずに済んだのに。所持金数十円で何日も路上で過ごさずに済んだのに。3日間飲まず食わずなんて過酷な経験をしなくて済んだのに。 だけど、「助けて」と言えない。 そうして気づいたのは、「助けて」というには、ある条件を満たしていないといけないということだ。まずは他人や社会への信頼感がないと「助けて」なんて絶対に言えない。自らの窮状を知られてしまったら貧困ビジネスのカモにされると思っている多くの当事者は、逆に強がり、「大丈夫」と平気なふりをし、困窮を隠そうとする。 もうひとつ、「助けて」と言うために必要なのは自己肯定感だ。 しかし、このふたつを貧困はたやすく奪っていく。これまで自分を裏切り続けてきた他人や社会など今更信じられないし、自己責任論を内面化した果てに「こんな自分に生きる価値などない」「助けられる資格などない」と思っている人のなんと多いことか。
若者の政治への無関心がよく言われる。しかし、まず最低限、自分を見捨てない方法、この国で死なない方法を知らないことには社会や政治に目は開かれないだろう。自分を大切にできて、自分が大切にされない場所から逃げ出せる判断力があって初めて、社会について考えることができると思うのだ。 他人と仲が悪くなっても大したことないが、自分と仲が悪くなると時に取り返しがつかない。そのためにも、自分の気持ちに嘘をつかないこと。それが、若者に伝えたいことだ。
作家・活動家。1975年北海道生まれ。フリーターなどを経て2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』でデビュー。 著書に『「女子」という呪い』、『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』など多数。