大阪YWCAは、2018年に創立100周年を迎えます。創立準備委員長である、明治、大正と激動の時代を生き抜いた実業家・広岡浅子の「女子といえども人間である」という思いはあとに続く女性たちに引き継がれました。以来、大阪YWCAは、女性の社会参画を進め、人権や環境が守られる平和な世界の実現を目的に、少女と女性たちのためのさまざまなプログラムを実施してきました。 今回は、フリーの国際協力、ジェンダー専門家として国内外で幅広く活躍されている大崎麻子さんから「若い女性への応援メッセージ」を頂きました。何のために勉強するのか、自分に向いている仕事とは?と進学や就職などの進路を前に悩む女性たちへの、道しるべの1つになるでしょう。
わたしは小学校が大嫌いでした。先生は怖いし、校舎は暗いし、ドッジボールが弱いといじめられるし。その頃の楽しみは、週に1回放送されていた、アメリカのドラマ「大草原の小さな家」でした。19世紀のアメリカで、主人公の少女ローラは家族と一緒に大自然と共存し、時にはその脅威に立ち向かいながら成長していきます。「いつか、アメリカに行ってみたい!」と心が躍りました。 4年生のとき、父の転勤で岩手県盛岡市に引っ越しました。暗黒の小学校時代で唯一、夢のような1年半でした。みんな親切だったし、郷土の誇りである宮沢賢治や石川啄木の童話や詩を授業で読むのが楽しかったのです。夏休みのメインイベントは、三陸海岸での海水浴でした。ところが、その年は稀に見る冷夏で、浄土ヶ浜には冷たい雨が降りしきっていました。テレビでは連日、農作物が育たず、県内の多くの農家に深刻な影響が出ていると「冷害」を報じていました。冬になると出稼ぎに行く大人もたくさん出てくるだろうと担任の先生は言いました。そこで、自由研究で「冷害」のことを調べました。宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』は、冷害による飢饉で家族を失った主人公の話ですが、それは「科学技術の力で冷害を防げないものか」という賢治自身の悲願を描いた作品だと知りました。また、賢治が遺した「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という言葉も子ども心に印象に残ったのです。
中学時代は、学校の全体主義的な雰囲気が息苦しくて「自由」を渇望していました。アメリカのハイスクールに1年間留学するという夢を心の拠り所にして、勉強に励み、念願かなって高校2年生の時にカリフォルニア州に留学しました。何よりも苦労したのは、常にわたしの考えを問われ、それを言葉にして表現しなければならないことです。昼食に何を食べたいのか、学校でどの授業を取りたいのか、週末はどう過ごしたいのか。日本では「なんでもいいです」で切り抜けられるのに、アメリカでは「私は〜〜したい。なぜなら〜〜だから」と説明しなければなりません。「自由」とは、黙って好き勝手にすることではなく、自分の意志を持ち、それを他者に表明し、自分の行動に責任を持つことなのだというのが一番の勉強でした。 大学時代は一年間、アメリカのブリンマー大学に留学しました。津田梅子が卒業した女子大です。様々な分野で「女性初」を輩出していました。学長が、留学生を招いてくれたお茶会で「高等教育を受けられるのは、今もプリビレッジ(特権)です。だから、高等教育を受けた女性は、それを自分の自己実現だけではなく、家庭や地域や社会全体に還元し、より良い未来づくりに貢献しなくてはならないのですよ」と言いました。当時、男女雇用機会均等法が施行され、「女性も男性と同じようにキャリアを!」というかけ声はよく聞きましたが、社会に貢献するという発想は聞いたことがなく、びっくりしました。
将来は報道に携わりたいと思い、アメリカの大学院に進みました。ところが、そのタイミングで子どもを授かり、メディアを専攻するのが物理的に困難になりました。代わりに「国際人権・人道問題」を学びました。子どもを出産すると視野が水平にも垂直にも広がり、「この子が大人になる頃には、平和ですべての人の人権が守られるような世界になって欲しい、そのために自分も出来る事をしたい」と心の底から思いました。そこで、国連に就職し、途上国の女性やガールズの支援に携わるようになったのです。「外国に行きたい」という夢や、冷害や文学作品を通して感じた「人々が直面する困難に対して、社会全体で取り組まなければならない」という問題意識や、「自分が受けた教育を自分の利益のためだけに使うのではなく、他者に還元しなければならない」という教えへの共感が今の仕事への道筋をつけてくれた気がします。 若い人は「将来、どんな職業に就きたいのか」と聞かれますよね。でも、もっと大切な問いは「あなたは自分の人生でどんな価値観を大事にして生きていきたいの?そのために、どんな社会を創っていきたいの?」ということだと思います。これまで、どんなことに疑問を持ったり、怒りを感じたりしたのか。どんなことに感動したのか。どんな夢を持っていたのか。ひとつひとつ掘り起こしてみると、「あなた」という人間が浮かび上がってきます。そこから、キャリアや生き方を考えていけば良いのではないでしょうか。
これからの時代を生きる皆さんには、自分の意思を持ち、それを言葉で表現できるようにすること、女性だから経験する嫌なことや生きづらさがあるとしたら、その背景にどんな社会構造があるのだろうかと探求する知的好奇心を持つこと、そして、その社会構造自体を他の女性たちと繋がりながら変えていく気概を持つことをお願いしたいです。そうすることによって、あなたの人生も、あなたが住む社会も豊かになっていくと思うからです。一緒により良い社会を創っていきましょう。
米国コロンビア大学で国際関係修士号取得後、国連開発計画(UNDP)で、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進を担当し、世界各地で女子教育、雇用・起業支援、政治参加の促進などを手がけた。著書に『女の子の幸福論』(講談社)、『エンパワーメント 働くミレニアル女子が身につけたい力』(経済界)。