2018年、大阪YWCAは創立100周年を迎えます。創立以来、大阪YWCAは、女性の社会参画を進め、人権や健康や環境がまもられる平和な世界の実現を目的に、少女と女性たちのためのさまざまなプログラムを実施してきました。若い女性のリーダーシップ養成もYWCAの取り組みのひとつです。 今回、ご専門の経済分野を通して政治や社会の問題に発言をされているエコノミストの浜矩子さんから「若い女性への応援メッセージ」が届きました。若い女性が、希望、勇気を得、広い視野で一歩を踏み出す助けになるでしょう。
「若い女性への応援メッセージを」。今回、そういうご依頼を頂戴した。ということは、今の世の中において、若い女性たちが応援を必要としているということだ。彼女たちが応援を必要としなくなる時代。その時代が到来しなければならない。 なぜ、若い女性たちは応援を必要とするのか。それは、彼女たちが進んで行こうとする先に、様々な障害が立ちはだかっているからだ。若いということは、可能性が無限大だということだ。やりたいことが山ほどある。仕事がしたい。旅がしたい。物知りになりたい。遊びに行きたい。恋がしたい。結婚したい。子どもが欲しい。人生をとことん謳歌したい。 若者の願望は尽きない。そして、全ての若者が等しく、その願望を追求する権利を与えられている。そのはずだ。ところが、その若者が女性だということになると、どうも、この「はず」が様々な「×=ばつ」に阻まれて、現実にならない。「はず」どまりのままで終わってしまう。行く先々で「ばつ」の壁に突き当たる。この「ばつ」の壁を突破するために、彼女たちの「はず」が応援を必要としている。
「ばつ」の壁の構成要素は何か。これがまた様々あるが、その中でも、大きな割合を占めているのが、「ウソ」だと思う。例えば、「弱き者よ、汝の名は女なり」という有名なフレーズがある。ご承知の通り、かのシェークスピア大先生が書かれたお芝居、「ハムレット」の中に出て来る。夫が死んだら、あっという間に、その兄弟の奥さんになってしまう。母親のそんな振る舞いに怒って、王子ハムレットが上記の言葉を発する。気持ちは解る。だが、言葉はウソだ。女は弱き者にあらず。強き者だ。だからこそ、世の中は、女性たちに自分を弱き者だと思わせたがる。 くしくも、同じ「ハムレット」の中に、「この人、ちょっと必死で言い張り過ぎない?」というセリフが出て来る。(この翻訳は筆者の自前翻訳なので、いかにもエレガンスに欠ける。ご勘弁頂きたい。以下同様。)問題のハムレットの母の言葉だ。ハムレットが仕組んだ劇中劇の中で、夫君の死に際に居合わせたお妃様が、「あなたが死んだら一生、やもめで通すわ。再婚なんて絶対しないんだから」と力む。もちろん、この筋書きは、母に対するハムレットのあてこすりだ。それを知ってか知らずか、母が右記の「言い張り過ぎない?」をつぶやく。 人間が、むきになって何かを必死で主張する時、その主張の中身はだいたいにおいてウソである。女性は強い。だから、弱いのだと必死に言い張る。そう言い張る男性社会のウソが、「ばつ」の壁となって、女性の「はず」をはねつけようとする。
女性の強さは自明だ。何しろ、有史以来、この長きに渡って差別を受けたり、虐げられたり、ガラスの天井に頭をぶつけたりしながら、今日にいたるまで頑張り抜いて来ているのである。その過程で、何と多くの権利を確立させて来たことか。何と多くの勝利を重ねて来たことか。並みたいていの強さでは、この実績は上げられない。 こんな強さの自覚を消失させようとするマインドコントロールのために、実に様々なあの手この手の「ウソ」の壁が構築されて来た。マインドコントロール工作の中では、「女々しい」などという笑止千万な言葉も生まれた。この言葉の意味を辞書で引けば、「柔弱である。いくじがない。未練がましい」とある。これなどが、「必死の言い張り」の典型例だ。女性たちは、柔弱でも、いくじなしでも、未練がましい人々でもない。だからこそ、そうなのだと思い込ませておきたい。女性がその強さを自覚したら大変だ。彼女たちの正しい自意識を呼び覚まさないようにしなければならない。マインドコントロール、マインドコントロール!そういうわけだ。 女性たちは女々しくない。というか、筆者は、この女々しいという言葉が「たくましい。力強い。潔い。」を意味する言葉だと理解している。これが、女々しさの正確な定義だ。 誰も、本当に弱い者をマインドコントロールで弱くしようとは思わない。必死の言い張りは、実は本当ではないことを本当だと思わせようとする時の行動だ。
かくして、強き女性たちは行く手を阻まれる。だが、誰も彼女たちを止められない。女性たちの快進撃に思いを馳せる時、頭に浮かぶ言葉がある。英国の詩人、アルフレッド・テニソンの長編詩「ユリシーズ」の一節だ。ユリシーズは、ギリシャ神話に登場する英雄オデュッセウスの英語名だ。彼いわく、英雄は「励み、求め、見い出し、そして屈せず。」英雄は、何があっても屈しない。ひたすら励み、断固として求め、そして必ず見い出す。これぞ、若い女性たちへの恰好の応援歌だ。だが、本当に強い彼女たちに、実は応援歌は必要ない。彼女たちは既に英雄だから。
同志社大学大学院ビジネス研究科教授。1952年生まれ。一橋大学経済学部卒業。1975年三菱総合研究所入社。ロンドン駐在員事務所所長、同研究所主席研究員を経て、2002年より現職。専門領域は国際経済学。近著に『「共に生きる」ための経済学』(平凡社)がある。