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大阪YWCA機関紙(2010年8・9月号) アーカイブ一覧へ
大阪YWCAでは機関紙を年9回(4/5、12/1、8/9月が合併号)毎月1日発行しています。
抜粋して内容をご紹介します。
「抑止」は「ユクシ」−日本と沖縄の間の深い溝−
ここにYありK 静岡YWCA
沖縄 戦世(いくさゆ)〜いつまで続く本土の捨て石〜
YWの窓 祝島−地球の未来を映す鏡−
クローズアップ「ミツバチの羽音と地球の回転」
大阪YWCA中国帰国者支援事業 中国帰国者日本語コース近江八幡教室

「抑止」は「ユクシ」−日本と沖縄の間の深い溝−

 熱い「思い」を軽い言葉で語っていた鳩山首相は、その「思い」を実現できなかったことを詫びて首相の座を降りた。鳩山民主党代表は、96年に日米が返還に合意した普天間基地の代替施設は、「国外、最低でも県外」に移設すべきだと主張して首相の座に就いた。鳩山氏と代表の座を争った岡田外相(当時幹事長)もまた、「国外、県外」を主張していた。
 だが、政権誕生間もなく、ゲーツ米国防長官に一喝されて、まず、岡田外相が態度を一変させた。防衛相は、最初から自公政権時代に辺野古移設案を策定した防衛官僚に囲い込まれて、迷走していた。何よりも、戦後一貫した対米追随外交に慣れ親しんできた主流メディアに登場する論客たちは、アメリカの意に反する県外移設案は、日米同盟を危うくすると、鳩山首相に非難の集中砲火を浴びせた
 政権担当から8ヶ月、ついに立往生した鳩山首相は、辺野古移設案を再確認する日米合意を残して政権を去った。自らの主張を180度転換させる根拠が「抑止力」であった。在日米軍・在沖米海兵隊の存在が戦争を抑止し、日本の安全を保障しているというのである。
  鳩山首相が抑止力について語った数日後、地元紙・沖縄タイムスに、「『抑止』は『ユクシ』だ」という投書が載った。「ユクシ」とは、沖縄のことばで「嘘」という意味である。日本(ヤマト)では、抑止力と言いさえすれば、政治家も官僚も、いわゆる有識者の多くも、思考停止に陥るが、日本(ヤマト)とは異なる戦後を生きてきた沖縄の庶民は、それが欺瞞に満ちたことばだと直感する。
  日本がポツダム宣言を受け入れたとき、アメリカは日本を非武装国家にしようとするが、同時に沖縄を日本から切り離して軍事的要塞にしようとした。その後の国際情勢の変化の中で、アメリカは、日本を目下の同盟者として育成する方針に転換し、再軍備を促し、経済援助をする一方、基地は沖縄に集中した。日本政府もこの政策に戦後65年もの間便乗し続けた。こうした仕組みを少しだけ変えようとした鳩山首相は失脚し、彼の方針に従わなかった閣僚たちは、何事もなかったかのように、日本の外交・安全保障政策をつかさどっている。世論調査の数字も、日米合意を踏まえて普天間問題に対応するという菅直人首相の方針について、「評価する」が共同52・2%(「評価しない」34・5%)、朝日49%(26%)と逆転している。
 日本と沖縄の間の溝は、限りなく深い。

 新崎 盛暉 (沖縄大学名誉教授・沖縄平和市民連絡会代表世話人)

ここにYありK 静岡YWCA

静岡Yは今年30周年です!
 今年の活動方針は、「誰もが平等に持っている、幸せに生きる権利を守る」。ひとつひとつが、かけがえのないいのちであることをタピストリーで表現しようと力を合わせて作っています。30周年の記念イベントは、8月に、丸木位里・俊夫妻の描いた16点の絵画と、広島市民の描いた原爆絵画とを合わせた大規模な原爆展を静岡市役所のギャラリーで開きます。秋には、記念コンサート、クリスマスには祝賀会、記念誌も現在編纂中です。
(文と写真/静岡YWCA)

沖縄 戦世(いくさゆ)〜いつまで続く本土の捨て石〜

  あれほど注目を集めた普天間移設問題は、参院選の争点にはならず、あっけなくメディアの表舞台から退場してしまった感があります。沖縄の人々に押しつけられた現実はなんら変わらず、全く先の見えない状況が続いているにも関わらず。
 沖縄の米軍基地の状況、その背景や経緯を、今号であらためて確認し、共有したいと思います。
あなたは知っていましたか 監修:新崎盛暉

<事実その1>
 普天間飛行場のある場所は、戦前、村役場や二つの国民学校(小学校)、五つの集落があり、田畑が広がる宜野湾村(現・宜野湾市)の中心部だった。沖縄島南部でまだ戦闘が続いていた1945年6月、米軍はここに、日本攻撃のための基地として、普天間飛行場を造った。
 戦場を命からがら逃げ回った村人たちは、元住んでいた場所に戻ることができず、やむなく米軍基地を取り囲むように戦後の生活を始めた。

Q:こういうのって、国際法上どうなの?
A:国際条約(ハーグ陸戦法規など)によれば、戦争中でも敵国民の私有財産は尊重されなければならない。まして戦争が終結すれば、奪った土地は生活者に返還するのが道理。

<事実その2>
 日本が占領下を脱して独立した後も、沖縄は、米軍政下に置かれ続けた。日本本土でも、安保条約に基づく米軍が国内に居座ることになったが、砂川闘争をはじめとする反米反基地闘争が続発。そこで日米両政府は57年、海兵隊など一切の地上戦闘部隊を日本から撤退させることに合意し、安保改定を準備した。山梨、岐阜などから撤退した海兵隊は、日本ではなかった沖縄へ移駐した。

これはつまり・・・
米海兵隊は、地政学的必要性から沖縄に配備されていたのではなく、政治的思惑で沖縄へ移駐してきたってこと!

<事実その3>
52年の旧安保発効から60年の安保改定までに、日本の米軍基地は4分の1に減少し、沖縄の基地は2倍に増えた。72年の沖縄返還に際しても在日米軍の再編が行われ、日本本土の基地は3分の1に減少したが、沖縄の基地はほとんど減らなかった。

<事実 その4>
もともとの日米地位協定では、日本が負担する米軍駐留経費は「軍用地料」(基地の借地料)だけであったが、1978年以降‘思いやり予算’がふくらみ続け、施設建設費、日本人従業員の労務費、水道光熱費、訓練の移転費、さらには老朽化した施設の移転・増改築費、防音措置に関わる費用等、駐留費用の7割以上を負担。その金額は2,300億円に上る。 [2006年]

Q:諸外国と比べてどうなの?
A:駐留米兵1人あたりの負担額で比べると、イタリアの341万円、韓国の266万円、ドイツの265万円に対し、日本は1293万円と突出! 世界一の気前のよさである。[2004年度米国防総省資料より]

琉球王国から沖縄県へ〜唐(トゥ)ぬ世(ユ)から大和(ヤマト)ぬ世(ユ)〜
 沖縄は14世紀には中国の明皇帝から琉球国の三王(中山王・南山王・北山王)が王として位置づけられ(冊封)、三山分立時代に。やがて中山の支配者尚巴志を中心に、1429年琉球王国が成立し、繁栄の時代を迎える。
 1609年、琉球は薩摩藩の島津氏の軍勢によって征服され、国王尚寧と重臣らは捕虜として鹿児島へ連行された。幕府は琉球を領分として島津氏に与えたが、中国との冊封関係を続けさせるために琉球王国を復活させた。それ以来、琉球は日本の中の「異国」として存続し、中国の清と薩摩との二重支配の下、9万石の年貢・反物をとられ、中国との交易の利益を吸い上げられた。
 1871年、明治政府は廃藩置県を行い、薩摩藩は消滅する。政府はこれを機に琉球の日清両属という曖昧な地位を改め、日本の国土として明確にする方針を固める。1872年国王尚泰を藩主として琉球藩を設置し、「日本帝国の一分」に組み入れた。1879年、明治政府の松田道之が160人の警官と400人の陸軍歩兵を動員して首里城にのりこみ、廃藩置県を強行、沖縄県を設置した。この『琉球処分』によって450年続いた琉球王国は滅亡する。
 それ以来一貫して沖縄県民を一日でも早く「忠良な皇国臣民」に仕立てあげようとする日本政府と沖縄県当局は、学校教育で標準語を強制し、方言弾圧が厳しく行われた。沖縄語や伝統文化がさげすまれ、日本本土へ出稼ぎに出た人たちに「朝鮮人・琉球人お断り」という差別の壁が立ちはだかる。現在の沖縄のオバアや島歌に代表される「癒し」ブーム、沖縄出身の華やかな芸能人を見ている現代の若者には、そのような差別の歴史など想像もつかないかもしれないが。
(文責/編集部)

YWの窓 祝島−地球の未来を映す鏡−

 私の故郷は山口県の東南端にある。その隣町に上関原子力発電所計画が浮上したのは1982年。帰省の折々に聞こえた上関原発のニュースは、都会で学び働いてきた私には非日常の遠い出来事だった。関心を持ったきっかけは、計画地の対岸・祝島で撮影進行中であった二つのドキュメンタリー映画(現在上映中)。なぜ、地元の私が無関心なこの過疎の島でわざわざ東京の監督が二人も映画を? 手繰り寄せた糸のその先端に、地球の未来を映す鏡がぶらさがっていた。
 瀬戸内海の生態系への壊滅的打撃、地球規模の環境汚染、劣化ウランや再処理の問題、推進派と反対派に色分けされた住民の分断と地域の破壊、生活の糧を得るために原発で働かざるを得ない労働者の被ばく、都市生活者の生活が更に便利になるために犠牲になる過疎の貧しい町や村。そして、巨額の利益を得る集団の存在。知れば知るほど、原発がもたらす罪過の大きさは驚異的なものだった。
 28年間も祝島の人々は一貫して原発反対を表明してきた。様々なバッシングに耐え、無視され命の危険にさらされながら。祖先が守ってきてくれた豊穣の海と伝統文化を未来へと手渡さなくてはという、今を生きる島民の使命感。
電力の一大消費地に住む私達の無関心は、持続可能な未来を選びとるパワーを奪う。今起きていることを知ってほしい。
(会員 瀬光 ひろ子)

クローズアップ「ミツバチの羽音と地球の回転」 監督:鎌仲ひとみ

 希望がつまった映画だ。
 山口県上関原子力発電所の建設に反対し続けている祝島の人々と、脱原発を決めて新しいエネルギーを模索するスウェーデンの人々の姿が描かれている。人々の生き様/暮らし方には、自分たちの未来は自分たちでつくる、というシンプルだがとても重要なメッセージがこめられている。
 「原発反対!」と叫ぶことでなく、具体的にどんな世界を生きたいか、一人ひとりが問われる。でも、息苦しくない。だって、私たちの持つ可能性、そして人がつながることで生まれる豊かな“エネルギー”を、目撃したのだから。  
(会員 吉田 智里)

大阪YWCA中国帰国者支援事業 中国帰国者日本語コース近江八幡教室

 近江八幡教室は、近江八幡市からの委託事業として09年10月、開講しました。毎週土曜日、2クラス開講しています。交流と日本語会話力向上を目的とし、折り紙、書道、茶道など体験学習を2クラス合同で行っています。自然と日本語での会話が弾む時間です。
 現在、近江八幡市、大津市、東近江市に住む60〜70代の孤児1世とその配偶者10名が学習しています。帰国後、日本語を学習された方もいますが、その機会がなかった方もいます。
 近江八幡教室開講以前は、皆さんが自主的に集まり、日本語を学習していました。もっと正確な発音、正しい文法を身につけたいということで、近江八幡市役所に相談されました。その結果、近江八幡市から大阪YWCAが委託を受け、日本語学習のサポートをすることになりました。
 受講生は比較的高齢で、中には身体が少し不自由な方もいますが、“出席率ほぼ100%”に受講生の熱意が表れています。ここでの日本語学習や交流をとおして、心身ともに健康で楽しい日々を過ごしていただきたいと思います。
(担当職員 岩井一枝)
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