日本では、長い間、「核兵器」「核実験」と言えば「軍事」利用で、「原子力発電」と言えば「平和」利用であると言われて来ました。そのため、多くの日本人は「核」と「原子力」は違ったものであるかのように思っています。しかし、技術に「軍事」「平和」の区別はありません。技術には「戦時」利用と「平時」利用の差しかなく、「平和」利用を標榜して開発した技術も、必要であればいつでも「軍事」に利用できます。
米国は第2次世界戦争に当たって、原爆を作りました。終戦となる1945年8月までに3発の原爆を作り上げましたが、そのうち1発がウランを材料に作られた広島原爆です。残りの2発はプルトニウムを材料に作られた原爆で、米国の砂漠で炸裂した人類初の原爆・トリニティと長崎原爆でした。
天然のウランには核分裂性のウランはわずか0.7%しか含まれていません。そのため、ウラン原爆を作るためには核分裂性のウランを集める「濃縮」という作業が必要でした。また、天然には存在しないプルトニウムを生み出すためには「原子炉」が必要で、生み出したプルトニウムを分離して取り出すために「再処理」という技術が開発されました。それら3つの技術が、核開発中心3技術です。
現在の世界は軍事力が支配する世界です。国連の常任理事国5カ国(米、露、英、仏、中)は核兵器保有国であり、核拡散防止条約(NPT)を作って、核開発中心3技術を厳しく管理して、他国にその保有を許しませんでした。その圧力を撥ね退けて、インドは「原子炉」と「再処理」を開発してプルトニウム原爆を作りました。パキスタンは「濃縮」技術を独力で開発してウラン原爆を作ったのでした。
ところが、日本は「平和」利用を標榜しながら「濃縮」「原子炉」「再処理」の技術を着々と手に入れてきて、今や非核兵器保有国で唯一、核開発中心3技術を保有する国となりました。その上、「平和」利用と称して行ってきた原子力発電の使用済み燃料から、長崎原爆4000発を作れるだけのプルトニウムを分離して、すでに保有しています。憲法で軍隊を否定したはずのこの国は今や世界有数の軍事大国になり、海外に軍隊を派遣するまでになっています。私たち日本人は、世界の不平等に目をつぶり、偽りの平和に安住してきました。それは国家が流す偽りの宣伝のためでもありますが、騙された者には、騙されたことについての責任があることも知っておくべきでしょう。
小出 裕章 (京都大学・原子炉実験所助教)
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