大阪YWCAは、女性のエンパワメント、子育て支援、またNGO/NPOリーダーの育成、国際交流等の社会貢献活動をしています。

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TOP PAGE > YWCAについて > ニュースレター > アーカイブ一覧 > ニュースレター08.8・9月合併号
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大阪YWCA機関紙(2008年8・9月合併号) アーカイブ一覧へ
大阪YWCAでは機関紙を年9回(4/5、12/1、8/9月が合併号)毎月1日発行しています。
抜粋して内容をご紹介します。
不毛な対立から抜け出すために
大阪YWCA90年の歩みを築いた先輩たちC 懐深い人「星野須磨子」
あなたにとっての平和とは
もう一度あの笑顔に会うために ミャンマー活動報告
YWの窓 だれのための財政再建
専門学校あれこれ 日本語学科

不毛な対立から抜け出すために

 この20年ほど、日本の教育現場では、東アジア諸国との関係や相互理解が重視され、日本の侵略の事実についても、以前よりはしっかり教えられています。ところが、日本だけでなく韓国や中国・台湾でもときとして噴出する幼稚なナショナリズム、それによる不毛な対立感情は、十分克服できていません。なぜでしょうか。
 日中韓など東アジア漢字文化圏の国々には、共通の欠点があります。古くから、国単位でものを考える発想、上下関係を気にして上ばかり見る態度、異文化や多様性への嫌悪感などが強すぎるのです。近代にはその土台の上で、多くの人々が欧米コンプレックスとアジア蔑視を受け入れてしまいました。その際には、東アジアの美徳であるはずの勤勉性やきまじめな向上心が、コンプレックスから来るいがみ合いや、隣人への無知・不信感を増幅した面があります。人々は「すなおにまじめに熱心に」白人崇拝や西洋式のアジア蔑視を学び、身につけてしまったのです。
 あえてきつい言い方をすれば、こういう欠点を共有する同士だけでいくら交流しても、不毛な対立から抜け出す道は見えないと思います。ではどうしたらいいでしょうか。
 必要なのは、「欧米と漢字文化圏しか見ようとしない発想からの脱却」でしょう。たとえば日中韓と深い関係をもつ東南アジアを見ると、そこにも、アメリカを撃退したベトナムに見られる、強烈なナショナリズムがあります。しかしそれは、東アジア型の硬いナショナリズムではありません。
 東南アジアには、中国に平気で頭を下げて「朝貢」し貿易の実利をえてきたような、柔軟さがあります。ベトナムは社会主義圏や世界の反戦運動の力をたくみに利用してアメリカを撃退し、シンガポールやマレーシアは、先進資本主義国の戦略をみごとに利用して、発展した工業国になりました。問題や弱点はあるものの、現代のASEAN諸国は国際紛争やテロの防止にかなり成功しています。
 みなさんも、このように「いいかげん」に見えて「したたか」な世界を学んでみませんか。ちがった視界が開けることはうけあいです。そして、ここ大阪は、いたずらにケンカをせず、肩肘はらず気楽に、しかし抜け目なくあちこちに気を配って、実利をしっかり取る、そういう動きの先頭に立つのにふさわしい場所ですよね。

(大阪大学文学研究科教授、「大阪大学歴史教育研究会」・「海域アジア史研究会」代表
桃木至朗 )

大阪YWCA90年の歩みを築いた先輩たちC 懐深い人「星野須磨子」1870〜1941

 星野は廣岡浅子(創立準備委員長)の理想を引き継いで、商工都市大阪で今後成就されるべきYWCAの未来像(会館および働く女性のための寄宿舎建築の夢)について述べている。
 財団組織のための最初の基金を寄付し、大阪YWCAの基盤を現在の扇町に築く際には会館建築委員長を務めるなど、創立準備時代よりひとずじにYWCAを支えた。また第2代会長として、熱心に多くの時間と資材と心身の労苦を惜しみなく会に捧げて、会員と共に優しく楽しく、20余年にわたって働き続けた。当時の浅井治子総幹事は、財政のやりくりに日夜頭を悩ませ、とくに月末の支払いに窮すると、必ず星野のもとへ助け船を求めて駆け込んだという。
 太平洋戦争が始まった1941年(昭和16)の11月25日逝去。その懐にはぐくまれてきた会員たちは、12月15日大阪YWCAの母を思い偲ぶ会をなごやかな中にもしめやかに営んだ。

あなたにとっての平和とは

 戦争の罪深さ、悲惨さを心に刻み、平和への思いと行動を改めて誓う大切なひとときである8月が、今年もめぐってきました。しかし、実際に戦争を体験した語り部たちは年々少なくなり、戦争の記憶がだんだんと薄れていくのではないか、と危惧されています。
 それでも若い世代の中には、それぞれの平和への思いを持って自分のできることをしようと考えている人もたくあさんいるでしょう。
 今回は大阪YWCAの国際部リーダーとして活躍している若い世代に、『自分にとっての平和とは』を考えてもらいました。
自分以外に関心を
 平和の実現の難しさを考えるとき、私はパレスチナとイスラエルのことを思う。
  パレスチナの人とイスラエルの人に会って、どちらも平和を心から願っていることを知った。同じことを願っているんだと、感じた。
 でも、その平和の形がどんなものなのか、未だに見えてこない。世界には、自分の国のことではなくても、平和を実現するために必死になって頑張る人がたくさんいる。私は、平和のためになにか具体的に行動を起こしているわけではないけれど、自分の国だけじゃなくて、世界中の平和を願っている多くの人の一人ではいたいと思う。
 でもどうして、日本から遠く離れたパレスチナとイスラエルの平和を願うのかって?それは、「パレスチナとイスラエルのことを知った」から。子どもの頃に読んだ、ホロコーストの話とパレスチナの話に、どこで何をしていても決して忘れられないくらいにショックを受けた。自分と同じくらいの年の子どもたちがひどい目に遭わされているという事実が、ともかく許せなかった。そんな風に、世界中のいろんな酷い現実を知って、怒りや悲しみや憤りを感じたとき、疑問を持ったとき、それが、遠い国であろうとも関係なく、平和であって欲しいと願うようになった始まりだと思う。悲しむ子を見て悲しい気持ちになるのはもう嫌って心底思ったから。でも、そんな世の中をどう変えたらいいのかはわからない。「平和」のためにできることは、なんだろう?と悩んで、結局「世界の酷い現実から目を背けずに、考えることをやめないでいる」ことなら、自分にもできるかなって思った。
 生きていくことは辛いこともたくさんある。悩むこともいっぱいある。そんな日々の生活に埋もれて、気がつけば自分以外なんにも見えなくなってしまったり、自分の生活のこと以外を考えるのが、面倒になったりしてしまう。それに負けないように、毎日の生活の中 で、「自分以外」のことに関心を持つ時間を作ることは、今は生きていくことと同じに大事なことだと思っている。
(会員 安部恵理子)
明日を楽しみに
 私にとって平和とは、明日がくるのが楽しみで、未来に希望を感じられることです。そう 考えると、様々なところで平和を感じずに暮している人がいます。そんな中で私は「笑顔の発信地」になりたいと活動、生活しています。そして、自分の思うこと、信じることを表に出して私らしくいることを心がけています。ハロハロワールドスクールや開発教育研究会では、「あなたらしく生活して良いんだよ」と伝え、「私らしい」お互いを大切にできる仲間を育んでいます。「みんなと一緒なら明日が楽しみで待ち遠しくなる!」そんな平和を私たちから子どもたちへ、彼らから誰かへ・・・届けていきたいです。
(国際部リーダー 樋渡仁美)
生かされていることに感謝して
 この恵まれた日本で、欲を出したら切りが無いけれど、生きているだけで十分、それ以上何がいるのだろうと今あることに満足し感謝を覚えた時、私の視野は、自然に他者へ世界へと広がって行きました。「生きている」のではなく、みんなと繋がって「生かされているんだ」ということに気づき、ありがとうって感謝の気持ちで一杯になり、でもそれと同時に、世界の多くの苦しみが見えてきました。
 私は、この世界の全て、その大きな繋がりの一部であることを知り、他者(人間だけでなく、全て)に無関心ではなく知ること、そして感謝し思いやりを持ち行動する、それが幸せに繋がるんだということを知りました。そのことに気づいた時、今まで決して満たされることの無かった私の心が、初めて満たされていることに気付きました。
 平和って、こういうことなのだろう。みんなの繋がりの中、全てに感謝し思いやりの心を持つ。大きなことは出来ないけれど、その思いが少しずつでも日々の小さなこと、行動へ繋がっていく。そこに、自身の幸せも、平和もあるんだってことを、今私は感じています。
(会員 松本亜矢野)

もう一度あの笑顔に会うために ミャンマー活動報告

 大阪YWCAの元職員である山地和家子(わかこ)さんが、定年退職後の60歳からビルマ(ミャンマー)での縫製指導を始められて17年になる。様々な制約や困難を伴う軍事政権下での活動を支えてきたパワーはどこからか、というお話を聞く機会をシャロン千里で持った。
*   *   *
 ミャンマーへ行く様になってから17年が過ぎた。もし行くチャンスを与えられなかったら・・・あの笑顔に会えなかったのです。
 初めのうちは頑なに心を閉ざしていた彼や彼女等でした。でも、だんだん心を開いていくにしたがって、見せてくれたのは素晴らしい笑顔でした。他の惑星から来たのではと興味津々だった孤児達のけがれのない美しい笑顔、ポリオや地雷事故で歩く事も這う事も出来ない彼女達の歓喜の笑顔、醜い、汚い、くさいなどと今尚蔑まれているハンセン病の村の人達のうれし泣きの笑顔、家族からも見離され一人でエイズとたたかっている人達の笑顔です。
 心を開いて、流れ落ちる涙と共に湧き上がってきたあの笑顔に、私は何度も心と体が溶ろける程の感動を味わったのです。持前の好奇心を行動に替え、ミャンマーの北はチベット、南はイラワジ、東は中国、西はインドの国境近くまで飛び廻り、施設や教会で障がいを持っている人々と共に過ごして来ました。YWCAのバザーのお手伝いで習い覚えた手作業が、又家計を助ける為に縫っていた我流の洋裁が役立ちました。毎日毎日が緊張と感動と喜びの連続でした。
 人権を無視し国民をないがしろにしている悪名高い軍事政府は、外国人を監視。現に私も尾行されたり、夜中に踏み込まれたり、カメラを取り上げられたりしました。NGOや外国人の援助は必要ないと国軍に行く道を塞がれたり、悪質な嫌がらせを受けたりします。その度に彼女達のやさしい笑顔に励まされて来ました。「山地!今度はいつか得る?」といってくれた彼女は足が不自由な為、逃げ遅れサイクロン・ナルギスの犠牲になりました。彼女の家族は今教会に避難している人達の為に働いていると聞きました。
 サイクロンの前に帰国していた私は、復興の手伝いが出来ないのがはがゆくてなりませんでしたが、7月2日、サイクロンの惨状をこの目で見たいと思い、義捐金と医薬品を持って渡緬しました。いつも行っている村々には外国人は行けませんでしたが、耳にしたのは悲しい話ばかりでした。特に孤児が増えたということです。
 現在、ハンセン、HIV/AIDSの方たちの自立を助けるためにボランティアをしていますが、次はYWCAで培われた笑顔を携えて、子どもたちの笑顔を取り戻すためにも力を注いでいきたいです。
(会員 山地和家子)

YWの窓 だれのための財政再建

 いっとき物議をかもしていることも、人は自分に直接関係がないと思っていると、あまり関心は続かないものだ。それがどんなに人々の生活に大きな影響を与えることであったとしても。今は、いわゆる後期高齢者医療制度のことが人々の関心を集めているが、その前は年金記録の問題だった。
  2006年4月から施行されている「障害者自立支援法」のことは、あまりマスコミにも登場しなくなった。しかしパレット(知的ハンディを持つ女性のためのグループ)のメンバーやご家族のお話から、この法律が大きな影を落としていることがわかる。
 毎月数千円の給料ではあるけれど、一生懸命働いていた作業所での職を失うメンバーや、苦労を重ねて親の会が作った入所施設の運営が難しくなったり、もちろん、グループホームなどでの負担増もある。何より困るのが、改正される法令のペースがどんどん速くなって、しかも複雑なので勉強しても追いつけないこと。だから何か困ったことが起きたときにその場その場で対処することになって、見通しが利かず、将来の不安が大きいと。
 後期高齢者医療制度や昨年から医療制度改定でリハビリの日数が制限されたのも、根っこは同じところにある。声高に叫ぶ財政再建の錦の御旗の下、弱者の声はかき消されていく。まさに「強きを助け弱きをくじく」政治としかいいようがない。
(会員 小澤裕子)

専門学校あれこれ 日本語学科

三重県へ一泊旅行!
 皆様こんにちは。今年から準専任講師として日本語学科で教えている福嶌香理です。
 今年の日本語学科本科は、4月から40名の新入生が加わり、現在、世界13カ国から集まった総勢69名の留学生達が講師の厳しい愛の鞭を受けつつ、日々勉学に励んでいます。
 とはいえ、毎日が完全な勉強漬けの日々というわけではありません。ゴールデンウィーク前には神戸の六甲山へハイキングに行き、新緑の中、美しい滝などを楽しみました。また、去る6/26〜27には、三重県へ一泊旅行に出かけました。6月末という梅雨の最中にもかかわらず、天候に恵まれ、雨に降られることなく、夫婦岩や鳥羽水族館、伊勢神宮などで講師・学生一同楽しい時間を過ごすことができました。以下、一泊旅行に参加した学生の声を紹介します。

◆蘇 妍嬌さん(Cクラス/中国)
 みんながずっと楽しみにしていた一泊旅行がやってきました。みんな朝早く笑顔で時間通りに学校に来ました。私達は最初に海に行きました。そこは「夫婦岩」という岩が有名です。2つの岩が縄でしっかり繋がっていました。次はみんなが一番行きたかった水族館です。アシカのショーを見たり、珍しい魚も見られて大満足でした。泊まったホテルは、広くて海も見えるので、“幸せだな〜”と感じて最近悩んでいることも全部忘れてしまいました。
 今回の一泊旅行で、私たちは先生の学校では見られない姿を見ました。先生との距離がもっと近くなったし、学生達の仲も良くなりました。来年の春には卒業するので、次の旅行には参加できないのが残念です。でも今回の旅行がYWCAでの一番の良い思い出になったと思います。
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