イースターメッセージ
「倒れても立ちあがる」
人生に失敗はつきものです。私たちは誰も失敗や挫折を望みませんが、後から振り返ってみると、それらの苦々しい体験が人間的成長のために必要だったと気づかされることがあります。大事なことは、倒れても立ち上がることです。キリスト教信仰は私たちに、どんな倒れ方をしても再び立ち上がることができるという「再生」の希望を伝えます。
聖書には、よみがえられた主イエス・キリストが弟子ペテロに出会い、「わたしを愛するか」と三度問いかけたことが記されています(ヨハネによる福音書21章)。ペテロは主イエスが「わたしを愛するか」と三度も言われたので、心を痛めました。主イエスが十字架にかけられる前、主イエスを三度も知らないと言って裏切ったことを思い出したからです。ペテロは、あれほど愛していたはずの主イエスを裏切ったという大きな過ちから立ち上がることができずにいました。
けれども、主イエスの三度の問いかけは、ただペトロを責めるためのものではありませんでした。主イエスはペテロを赦し、再びペテロ自身の口から『主よ、あなたを愛します』という告白を語らせたかったのです。主イエスの大きな愛にすっぽり包まれて、ペテロは生まれて初めて「愛」とは何かを知りました。
私たち人間は、一つの愛を最後まで貫くことのできない不真実な者です。しかも、神に出会うまでは、自分たちの不真実に心を痛めることさえ知らないのです。倒れることは問題ではありません。問題なのは、倒れもせず真実の愛に目覚めることもないことでしょう。今私たちの世界は児童虐待、人権侵害、戦争、環境破壊など、大きな愛の破れを経験し、そこから立ち上がれずにおります。しかし、主イエス・キリストは私たちを再び愛する者へと立ち上がらせるために、死人の中からよみがえり、今も私たちに向かって、「わたしを愛するか」と語りかけて下さるのです。
(村上修子 日本基督教団大阪教会伝道師)
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