子どもたちに核のゴミを残さないために
原発で最大の問題は、生命を危険にさらす死の灰(使用済燃料などの放射性物質)を大量に産み出すことです。各国はその死の灰をどう処分したらいいかわからないまま、多くの原発を作ってしまいました。事故が起これば世界は死の灰で広く長期間にわたって汚染され、多くの人々にガンを発症させたり死なせることは、チェルノブイリ原発事故で見たとおりです。
だから、原発は大都市近くに決して建設されません。過疎地で作られた電気は地元を素通りし、遠い大都市に送られます。地元住民には危険だけが押し付けられます。私たちが無関心でいた間に、不公正な状況が国策として既成事実になってしまいました。
大量に産み出された死の灰は、何万、何十万年にわたる未来の子孫に危険を押し付けます。しかし、使用済燃料に少量含まれているプルトニウムを、将来、高速増殖炉の燃料に使うという理由のもとに放置されてきました。ところが、高速増殖炉は危険が大きく経済的に成り立たない上、核兵器製造に直結するため、世界は開発を中止しました。日本も、1995年「もんじゅ」が事故を起こし、10年間停まったままです。それでも政府は、今年まとめた「原子力政策大綱(案)」で高速増殖炉開発の継続を決め、「もんじゅ」の運転再開を目指しています。
「もんじゅ」の安全審査には重大な欠陥があり、福井県住民は、建設を許可した国を裁判で訴えました。高裁は住民の訴えを認めましたが、今年5月、最高裁は住民の訴えを退けました。国に都合の悪い事実をことごとく無視し、ありもしない“事実”を作り上げた上、国に独裁的な権限を認める実に不当な判決でした。高速増殖炉開発を止めるとプルトニウムが要らなくなり、使用済燃料は単なる核のゴミに過ぎなくなります。危険なゴミ捨て場を引き受けるところはどこにもないでしょう。そうなると原発は動かせなくなります。そこで最高裁は、三権分立の原則を忘れ、行政の失敗を救うため強引な判決を下したのです。それは、原子力政策の矛盾をますます深みへ追い込むでしょう。
原発はやめなければなりません。そして、代わりのエネルギ−を心配する以前に、エネルギ−多消費による環境悪化を心配すべきです。
(小林圭二)